正しいことがしたい
人は生まれてから死ぬまでに、どれだけ人を傷つけ、傷つけられているのだろう。
それは避けられぬことだし、完全に否定する気はない。
今日もまた、人を傷つけてしまった。
心無い言葉のために、不快な思いをさせてしまった。
「正しいことがしたい」
いつも思っている。
自分の名前に「良」という漢字があり、「良い」ことが好きだ。
褒められると嬉しいし、いいことをした気分になれたら、やっぱり嬉しい。
だが、「良い」ってなんだろう。
「正しい」ってなんだろう。
人助け、人道支援、援助、協力、介護、介抱、気遣い、優しさ、サポート、バックアップ。
どれだけ言葉を並べても、何が本当に正しいものなのか分からない。
どれだって、ときに人を傷つけたり、良くない結果を招くことがある気がする。
人間は十人十色で、それぞれが違う経験をしてきて、違う考えを持っている。
宗教はいくつもあって、信じているものがそれによって違う。
全世界の万人共通の神様なんていない。
どんなに正しいと思われることでも、反対意見はあるものだ。
全ての人がYesと言える素晴らしいことって、世の中にどれだけあるんだろう。
だが、それでもオレは正しいことがしたい。
独りよがりじゃなく、多くの人に喜ばれることを。
誰だか忘れたが、こんなことを言っている人がいた。
この世界は自分のイメージが全てだ、と。
漫画『ドラゴンヘッド』のラストもこんな感じだったかもしれない。
つまり、自分が考えていること、知っていることがその人にとっては全てであり、世の中の法則や決まりや常識も、その人が違うと思ったら違うんだ、と。
これは一理あるのかもしれない。
その考え方でいくと、自分が正しいと思ったことは正しいことなのかもしれない。
しかし、どうしても無理は出てきてしまう。
殺人を正当化するという極論も出せてしまうし、善意のつもりが、受け手には悪く取られることもある。
そうなると、受け手には悪いという事実ができ上がり、こんなのが本当に正しいこととは到底思えない。
「正しい」ってなんだろう。
やっぱり、そこへ戻ってきてしまう。
オレが追い求める答えは、ひょっとしたら存在しないのかもしれない。
でも、こうやって考えることで、一歩一歩近づいているような気がする。
傷つき、傷つけ合った日々も、いつか笑顔で話せるようになるとか、涙の数だけ強くなれるって歌があったような。
今より若いときは、こんなこと全く考えなかったけど、時間が流れたら、今度は気にしなくなったりして。
オレをこんなにも悩ませるこの意味を、簡単に答えちゃう人もいるんだろうな。
本当の「正しさ」がなんなのか今は分からないが、せめて自分の感じたものに忠実でありたい。
自分がそうとは思わない「正しさ」を、他人に無理矢理押しつけられ、実行させられるのは嫌だ。
逆に、自分が良かれと思ったなら、後で怒られる可能性があろうと、気を遣ってやめて後悔するよりはいいんじゃないだろうか。
「正しいことがしたい」
その気持ちだけは、大切にしたい。