独断しばかし用語辞典




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「しばかし」
 いわずと知れた、自分達の母校の高校。



「中学」
 自分達が高2のときにできた。
 生徒は必ずマイノートPCを持たされるため、中学生を狙った盗難が多発し、学内から持ち出せなくなった。



「お祭り学年」
 自分ら19期生。
 行事ごとが大好きで賑やかな学年だったため、こう呼ばれた。



「19期同窓会」
 2005年9月にセレモニーホールを借り、生徒100人以上と教員方をいっぱい呼んで、盛大な同窓会を開いた。
 自分の近況やメッセージなどを記したしおりを作成し、学年の8割ぐらいの人が記載されている。



「カフェテリア」
 自分達が高2のときにできた。
 量が多いという人、少ないという人で真っ二つに割れていた。
 昼食時は席を確保するのが大変なほど混雑する。



「球技祭」
 サッカー、ソフトボール、バスケ、バレーボール、卓球の中から一人一種目に出場し、クラス対抗で争う。
 すごく盛り上がる。



「体育祭」
 びっくりするほど盛り上がらない。
 自分達の学年が盛り上げようと応援団を作ったりしてがんばったが、自分達が卒業する翌年から廃止が決定。
 オレらが高2のときには、白組の応援団長がバリカンで断髪したり、海パンいっちょの人が暴れたりしていた。



「増穂祭」
 文化祭。
 盛り上がる。
 クラスがまとまったり、これがきっかけでクラスメートと仲良くなる人もいる。
 期間中は外部の人もいっぱい来る。



「後夜祭」
 文化祭の最後のメインイベント。
 ステージ上で歌を歌ったり、ダンスしたり、DJやったり。
 ロック部の演奏で盛り上がる。



「合唱祭」
 うちらの生徒会長の強い要望により、全校生徒の1/3から反対に遭いながらも、無理矢理設立。
 作ってみたらけっこー盛り上がっていた。



「修学旅行」
 沖縄もしくは北海道を選ぶ。
 沖縄は1班4人、北海道は4〜6人。
 班によって体験内容や宿泊場所が大きく変わる。



「元男子校」
 高校設立時は男子校だったが、1990年に共学になった。



「芝色のズボン」
 男子の制服のズボンがなんともダサい芝色だった。
 雨に濡れると異臭を放つ。
 夏服は色が薄いが、やはりダサい。
 オレらが高3のときに制服が変わった。



「しばすい」
 付属から推薦で大学へ行くこと。
 しばすいの人を馬鹿にする輩もいる。



「マラソン大会」
 男子が9km、女子が6kmだっけ?
 距離は定かじゃないが、2月に行われる。
 男子は上位40名の名前が張り出される。
 女子は上位何名だっけ……30名ぐらいだったか?



「2期制」
 大学を習って、高校なのに1年が3期制じゃなくて2期制だった。



「午前2限、午後4限」
 1日6限の区切りが午前が2限で昼食を取り、午後に4限となっていた。
 早弁の生徒が多かったためにこの制度になったようだが、飯を食った後の午後4限はけっこうきつい。



「校門チェック」
 自由な校風が売りだったが、年々規制が厳しくなり、校門で頭髪や服装チェックが行われるようになった。



「チャリ通」
 自転車通学のこと。
 オレらが入学したときは柏駅、増尾駅、新柏駅から利用可能だったが、駐輪スペースと利用者のマナーの関係で、途中からは自宅から通える人以外は利用禁止となった。
 正確には、生徒のマナーが悪いというより、自転車で住宅街を通過するため、近隣住民が嫌がったのが原因。



「学バス」
 オレらが高2のときにできた。
 通学時は非常に混む。



「総合授業」
 1年のときに生徒は自分史を書き、本にする。
 100ページ以上書くと満点がもらえる。



「総合研究」
 3年のときに選択し、最終的には研究内容をまとめる。
 内容は将棋・囲碁、書道、陶芸、ニュースポーツ、裁縫など多岐に渡り、それらから選択する。



「進学校ではありません」
 入学時に先生が生徒と父兄に宣言する。
 余談だが、東葛落ちがいっぱいいるため、第一志望じゃない生徒が多い。



「赤点」
 定期テストで25点未満。
 定期テストで赤点を2コ以上取るとヤヴァい。



「青点」
 定期テストで15点未満。
 実際に定義されていたわけじゃないが、真っ青な点ということでこう呼ばれていた。



「平均点20点台」
 とある数学の実力テスト。
 高校2年生にハイレベルな大学受験クラスの問題ばかりが出題された。



「5:2」
 男女の割合。
 男子が5、女子が2である。
 理系クラスは4:1ぐらい。



「混ぜるな危険」
 3年のときに文理混合クラスが作ったクラスTシャツだが、文理混合クラスを指す意味ではないらしい。



「クラスTシャツ」
 クラスのオリジナルのTシャツを有志で作り、球技祭や文化祭で着ていた。



「琢島屋」
 2年のときの文化祭でうちのクラスが出店した。
 オリジナルTシャツなどの衣類、小物、その場で撮った写真をプリクラにして発売。
 あのプリクラ技術はどうやっていたのかは、同じクラスでありながら今も謎。



「男子バレーボール部」
 顧問の意思により、オレらが最後の代になった。
 人数は増えたり減ったりで、1番少ないときは4人で、秋の新人戦には出場できなかった。
 最終的には7人になった。



「女子バレーボール部」
 男バレと6対6をすると、よく勝つ。



「卓球部」
 オレらが入学した時点では部員ゼロで活動すらしていなかったが、オレらの学年から二人が入部し、体育館の舞台の上や職員室の前でひっそり練習していた。
 オレらが3年のときに後輩がいっぱいでき、まともな部になっていった。



「野球部」
 部長が当時の教頭(現校長)の息子だった。



「サッカー部」
 交流がなかったのでよく分かりません。



「男子バスケ部」
 人数が多くてやる気のある部活だったため、人数が少なくてやる気もそんなにないくせにコート半面を使う男バレがうざそうだった。



「女子バスケ部」
 交流がなかったのでよく分かりません。



「ラグビー部」
 記憶が正しければ全国大会が12月にあり、3年になってもやっている人は受験は大丈夫だったんだろうか。



「バドミントン部」
 男女共同でやっていた。
 けっこー人数が多かった。



「ハンドボール部」
 部員が7名に達していなかったのに、どうやって活動していたのか謎だった。



「ソフトテニス部」
 男女でやっていた。
 人数はそんなに多くなかった。



「ロック部」
 かっこいい人が多かった。
 文化祭や音楽の授業で活躍。



「弓道部」
 的に当たると「しゃー」って言っていた気がする。
 部長と仲がよかった。



「剣道部」
 夏の稽古は大変そう。



「陸上部」
 通称、りく部。
 ひたすら走っている印象。



「水泳部」
 屋根つきの温室プールで練習していた。
 なんか色んな賞を取っていた気がする。
 マラソン大会で活躍する人達がいた。



「吹奏楽部」
 女子が多かった。
 でも、部長は男、かなりのやり手。



「演劇部」
 文化祭で劇を披露していた。



「英語部」
 部費に映画鑑賞料金が含まれていたことで、一部で話題になっていた。



「美術部」
 交流がなかったので分かりません。



「現代史部」
 存在すらよく知りません。



「コンピュータ部」
 通称、コン部。
 自作のゲームなどを公開していた。
 想像通り、パソコンに強い人が多い。



「下に凸」
 数学教師O先生がやった、一発芸みたいな二次関数の教え方。



「TOKIO」
 数学教師Y先生。
 いつもポシェットを腰に巻いている。
 大学教授みたいな人で、高校生にハイパーボリックやアークタンジェントを教えるつわもの。
「人間ではない」「小学生でも分かる」など、数々の名言を残した。



「あかねちゃん」
 英語教師T先生。
 しばかし教員陣のアイドル的存在。
 下の名前で呼ばれ、生徒から慕われた。
 マイナーな映画をよく知っている。



「たくちゃん」
 保健体育教師S先生。
 生徒思いだが、厳しい面もあり。
 みんなが受験を意識し始めてぴりぴりしてきた高校2年生の終わりの期末テスト直前にスキーに遊びに行き、太腿を複雑骨折という大怪我をする。
 足はもう完治しないらしい。



「のむさん」
 学年主任の世界史教師N先生。
 生徒思い、話が面白い、温厚、授業がうまいと、素晴らしい先生。



「みねき先生」
 古文教師T先生。
 語尾に「な」をつけることが多く、友人が授業中に何回「な」を言うか数えたところ、70回を越えていた。
 ジャージで学校に通っていた。



「もとや先生」
 英語教師S先生。
 授業中は雑談が多いが、話は面白い。
 洋画とクラシックの洋楽をこよなく愛し、授業中によく紹介したり、話題に出す。
 風に弱い。



「くぼT」
 物理教師K先生。
 話し方が穏やかで特徴があり、よく生徒に真似された。
 授業の教え方は非常にうまい。



「まさかずさん」
 政治経済教師S先生。
 生徒会の担当でもあった。
 くぐもった喋り方をする。
 なんか面白い人。



「えいちやま」
 英語教師H先生。
 我らが男バレの顧問。
 彼が嫌で歴代のバレー部部員は入部しては辞めていったらしい。
 セクハラをされたと訴えている男子生徒がいた。



「校長」
 不健康的な痩せ方をしていた。
 倫理の話が大好きで、よく「人間は考える葦である」というパスカルの言葉を話していた。



「副校長」
 総合授業の先生。
 授業内容が新聞で取り上げられたことがご自慢の様子。











 本当に本気にしないてくださいね……。