キッチン / よしもとばなな




 初めて読んだよしもとばななの本だ。
 とてもよかった。
 描写が微笑ましくて、笑ったし、泣いてしまった。

 オレが読んだのは角川文庫だ。
 ・キッチン
 ・満月―キッチン2
 ・ムーンライト・シャドウ
 の3話構成である。
『キッチン2』とある通り、『満月』はキッチンの続き。
『ムーンライト・シャドウ』は全く別の短編だ。
 どれも素晴らしかった。

 軽いあらすじ。
 主人公のみかげは唯一の肉親である祖母を亡くす。
 それから、祖母と仲のよかった雄一とその母(実は父親)の家での同居生活が始まる。

『キッチン』では本当に微笑ましい日常が描かれている。

 『満月』では、ある事件後の様子を描いている。
 かなりショッキングな事件に、最初は「えっ」と思ってしまった。
 だけど、その事件が中心に描かれていなくてよかった。

 著者が大学生のときに書いたという『ムーンライト・シャドウ』は、ファンタジー要素の入った話だ。
『キッチン』と同じく、大切な者を失った主人公が描かれている。

 自分の中では、同じ大切な者を失くした小説を描いた、流行の『世界の中心で、愛をさけぶ』とは雲泥の差だ。

 筆致は読みやすいだけでなく、文体そのものが素敵だ。
 おそらく、同じ行動を描写するにも、よしもとばななさんの手にかかったら、素敵な表現になるだろう。

 作者の人柄を感じる内容でもある。
 こんな小説を読んだら、よしもとばななさんという人がとても好きになる方が多いのでは。





 これだけ読んでも絶対に分からないでしょうが、オレがここでは泣いていたというシーンを載せる。
 これを読んだからといって、初めて読むときに面白みが半減してしまうことはないと思われる。
 しかし、知りたくない人のために、反転させておく。
 気になる人はマウスかキーボードでドラッグして読んで下さい。





   その時、ぎいっと音を立ててドアが開いて大きな紙袋を抱えたえり子さんが入ってきたのでびっくりした。
  「どうしたの? 店は?」
   振り向いた雄一が言った。
  「今から行くの! 聞いてよ。ジューサー買っちゃったあ。」
   紙袋から大きな箱を出してえり子さんが嬉しそうに言った。またか、と私は思った。
  「だから、置きにきたの。先に使ってもいいのよ。」
  「電話くれれば、取りに行ったのに。」
   雄一がハサミでひもを切りながら言った。
  「いいのよ、このぐらい。」
   てきぱきと開かれた包みからは、なんでもジュースにしてしまいそうな、見事なジューサーが出てきた。
  「生ジュース飲んで、お肌をきれいにしようと思ってさ。」
   えり子さんは嬉しそうに、楽しそうに言った。
  「もう歳だから無駄だよ。」
   雄一が説明書を見ながら言った。
   目の前の二人があまりに淡々と普通の親子の会話をするので、私は目まいがした。「奥さまは魔女」みたいだ。不健康きわまりない設定の中で、こんなに明るいんですもの。
  「あら、みかげは引っ越しハガキ書いてんの?」えり子さんが手元をのぞき込む。
  「ちょうどいいわ。引っ越し祝いあげる。」
   そして、くるくる紙に包まれたもうひとつの包みを差し出した。広げてみると、バナナの絵が描いてあるきれいなグラスが出てきた。
  「それで、ジュースを飲んでね。」
   えり子さんが言った。
  「バナナジュースを飲むと、いいかもしれない。」
   雄一は真顔で言った。
  「わー、嬉しい。」
   私は、泣きそうになりながら言った。
   出ていく時、これを持ってゆくし、出てからも何度も何度も来て、おかゆを作りますから。
   口には出せずに、そう思った。
   大切な大切なコップ。






 これで泣く人はほとんどいないだろう。
 これだけ読んだ人だったら、なんで泣くのかさっぱり分からないに違いない。
 しかし、事実、オレは泣いた。
 あまりの微笑ましさに。

 大好きな小説だ。