あの頃から今でもずっと
カレーを煮込んでいる最中に携帯電話が鳴った。
「もしもし」
「……もしもし、山ちゃん」
こちらが出てから少し間を置いて、相手から返ってきた。高校の同級生だったユウジだ。
「どうかした?」
「あぁ……」
「何か用があってかけたんじゃないの?」
「いや、用ってほどじゃないんだけどね」
「ふーん」
ユウジから電話があるのは珍しい。普段は何かあってもメールで済ましている。
電話が長くなる予感がしたので、ガスコンロの火を止めた。
「ユウジは最近、どうしてる?」
「いつも通りだよ」
「仕事は大変?」
「まぁ、それなりにね」
「彼女できた?」
「できません」
「それは失礼。じゃあ、好きな人はいる?」
「それもいない」
「お互い、淋しいなぁ」
向こうから電話してきたのに、こちらが話題を作っているのが妙な気分だ。
しかし、邪険に扱ってよい雰囲気ではないような気がした。
「……ねぇ、山ちゃん」
「ん、どうした?」
「高校のときのオレって今と比べてどうだった?」
「なになに、突然に。今も昔もいい人だよ。優しいし、気遣いもできるし」
「そう」
「うん、そうだよ。高校といったら、ユウジからあるとき突然、頭をはたかれたことをよく覚えてるよ」
「なんだよ、それ」
「嬉しかった」
「山ちゃんってマゾだったのか」
「いやいや、そうじゃなくて。覚えてないか。その頃のオレ、色々と落ち込んでいて、気分が滅入ってたんだ。その日も部活の朝練に遅刻して、顧問や友達から怒られて。そんなときに、ユウジがいきなり頭をはたいてきてさ。全然、悪気がない感じで。あれでちょっと元気が出たんだよ」
「そうなんだ。言われても思い出せないけど」
「そりゃ残念」
「山ちゃん」
「ほいほい」
「やっぱり、山ちゃんに電話してよかった。そんな話が聞きたかった。山ちゃんはいい奴だよ。最後に選んだのが山ちゃんでよかった」
「えっ、最後って何?」
「ありがとう、山ちゃん」
ユウジはそれだけ言うと、電話を切った。
こちらとしては意味が分からない。
すぐさま電話をかけ直したが、ユウジは携帯電話の電源を切っていた。
胸騒ぎがした。
作りかけのカレーはすっかり冷たくなっていた。
翌日、ユウジが死んだことを知った。
親御さんによれば、あの電話の直後にビルから飛び降りたそうだ。
ユウジの右手には、直前のオレとの通話記録が残っている携帯電話が握られていた。
最初から死ぬつもりでオレに電話してきたのだろう。
オレはそれを聞き、涙が止まらなかった。
もっと何か言えたんじゃないか。
ひょっとしたらあいつを止められたんじゃないか。
そんな後悔が消えなかった。
そこまで思いつめていたなんて気づきもしなかった。
ユウジ、ごめんよ。
「山岡さん、ありがとうございました。ユウジはあなたと友達になれて、本当に幸せだったんだと思います。今後もユウジと共に、山岡さんのご多幸を願っています」
ユウジの母は赤く眼を腫らし、そう言ってくれた。
十年前、ユウジと出会った。
それからずっと、オレ達はいい友達だった。
あの頃からオレ達の関係は何ひとつ変わっていない。
そうだろう、ユウジ?
ユウジの最期の言葉を思い出した。
「最後に選んだのが山ちゃんでよかった」
ユウジ、ありがとうよ。