春うらら

 強い南風が吹いている。春はもうこんなにも近いのかというぐらい陽射しが強いので、コートは完全に必要ない。
 仲のいい友人三人でカラオケに行き、馴染みの曲ばかりを歌った。特にいつもと違うことはないが、いつも通りに楽しい。
 武が勘定を済ませている間に、ヨッシーが田中に聞いた。
「飯どうする?」
「どうしよっか?」
「俺、金あんまりないよ」
「じゃあ、毎度お馴染みの武君に……」
「だな」
 武が来ると、ヨッシーと田中がニヤニヤしていた。ヨッシーの緩んだ口が開いた。
「武君の手料理が食べたいわー」
 女口調で、両手を斜めにして顎の下にくっつけてお願いした。
「えぇ、またかよ」
「だってうまいんだもーん」
 田中もうんうんと頷きながら言った。
「安い、うまいの二拍子だもん。吉牛も顔負け。最近は牛丼も食えねぇし」
「食材代は出してね」
「ありがとー」
 スーパーで買い物をし、武のアパートへ向かった。風が強くて、目を開けるのが辛かった。
 六畳の部屋に入り、電気をつけた。武の部屋は、男にしては片付いている。
「高速でお願い」
 ヨッシーが頼んだ。田中はどの漫画を読むか迷っている。
「じゃあ、渋滞の高速で」
 武が返すと、「道路じゃないから」と突っ込まれた。「イマイチ」と武が評価すると、「お前がなー」と、ヨッシーが座った状態で上半身を傾けた。
 武は料理に手馴れている。一人暮らしを始めて丸二年がたつ。
 飲み物をまず出し、ご飯をセットすると、サラダを出した。
「おぉ、前菜が出るってフレンチみてぇ」
 ヨッシーだけが反応した。田中は『二十世紀少年』に夢中だ。
 ヨッシーが半分以上を一人で食べ終わったとき、田中は自分が一口も食べていないことに気づいた。
 武は黙々と作っている。
 白菜の味噌汁を作り、じゃがいもを切って水に漬け、続いてにんじんと玉葱を刻む。豚肉の細切れは買った状態のままで鍋に入れた。肉と野菜を炒め、鍋にだし汁を入れ、砂糖、醤油、みりん、酒で味を整え、最後に卵を加え、卵とじの肉じゃがができた。
「はい、お待たせー」
「待ってました」
 ヨッシーがご飯を盛った。田中は目の前に次々と料理が運ばれても、まだ漫画を読んでいる。
「おい、田中。できたよ」
 武が声をかけると、田中はようやく漫画を置いた。軽く肩を上げ、ストレッチのような動作をした。
「いただきます」
「うまーい」
 三合のご飯は、あっという間に三人の胃袋へと消えた。
 テレビでは、「逆上がりのできない小学生」という特集をやっていた。序盤は逆上がりのできない子ばかりだが、練習に励み、最終的にはクラスの全員ができた。
「えー、逆上がりぐらい、幼稚園からできたよ」
「てゆーか、いきなり順手でやろうとするのが凄い」
「俺、逆手じゃないとできなかった」
「これ、ヤラセかなぁ? できる子がほしいときは、できない子は映さないんでしょ」
「逆上がりできなくて駄目って思うけど、こんな努力するのが凄いよね」
「てゆーか、努力しなくても逆上がりぐらいできたし」
 三人がいちいちコメントし、一人だったら絶対に見ないような番組を熱心に観ていた。
 テレビに飽きて、田中はまた漫画を手に取る。武はパソコンの電源を入れてインターネットを始め、ヨッシーが隣から覗いた。
 知り合いのホームページの掲示板を見て、ヨッシーが何か書き込もうと提案した。タイトルは、さっきまでヨッシーが読んでいた『珍遊記』に決める。一発で漢字変換ができないので、「ちん」で「珍」と打ち、「あそび」で「遊び」と打った。そこで、間違ってエンターを押してしまった。
「珍遊び」
 というタイトルで投稿されてしまった。
「あーはっはっは」
 大爆笑が起きた。武とヨッシーが腹を抱えて笑い、それにつられてディスプレイを見た田中も笑った。
 続いて、謝罪と突っ込みの書き込みをした。ヨッシーはまだ笑っていた。
 大学の春休みの一日だった。外はまだ風が吹いている。夜でも暖房はいらないほど暖かかった。