梅雨
家の二階の南側に位置する、俺の部屋のベランダに出られる戸越しに、部屋の中から庭を目にすることができる。椅子に座ると、ベランダの白いプラスチック製の枠に阻まれ、庭はよく見えない。戸の前に立つと視界は大きく広がるが、やはりベランダがあるために一瞥はできない。
自分の部屋にいるときにどうしても庭を含めて外が見たくなったら、戸を開けてベランダに立つ。眼下に広がるもので、一番目に飛び込んでくる色は緑だ。硬い葉が集まって、緑色の塀を作っているのと、庭の右半分にだけある芝生がそれだ。家の前にある灰色のアスファルトは、この塀が邪魔をしているため、ここからはよく見えない。
真下を見ると、アッシュが俺を見上げていた。アッシュはうちで飼っている雑種の犬だ。俺がここにいると、たまに視線が合う。
庭の芝生は、アッシュの動ける範囲だけキレイになくなっている。肌色に近い茶色の地面が剥き出しだ。アッシュが走ると砂が舞い上がる。
アッシュという名は、自分の好きなミュージシャンから取って俺がつけた。母さんの友人から貰った犬で、初めてうちに来たときは、まだ本当に生まれたばかりの子犬だった。茶色い毛並みで、耳が垂れていて、おとなしかった。これじゃ番犬としては頼りないから強くなるようにと願ったこともあり、この名前を与えた。だが、結局はそのままの感じで大きくなってしまった。怖がるとよく吠えるので、番犬として全く役に立っていないというわけではないが。
アッシュはけっこう情けない顔をしている。耳だけじゃなく、目も垂れている。しかし、それがまたかわいらしかった。
最近は受験勉強をしていて、合間に外の景色が見たくなる。ベランダに立ちたいのだが、今は六月だ。ベランダには一応の屋根はあるが、雨が降ると水が飛び込んでくる。梅雨のために、今年の三月から続く趣味ができない日が多い。ささやかな楽しみとはいえ、傘と外履きの靴を用意してまでやる気はない。
今日は晴れているので、こうしてベランダに立つことができた。勉強のための休憩でやっていたはずが、この時間が楽しみで勉強をがんばるかのようになってきた。
今、外は夕暮れだった。空が黒とオレンジと灰色に染まっている。太陽が沈む瞬間を実感するのが好きだ。
部屋に戻り、勉強を再開してから少しすると、陽は完全に沈んだ。一時間ほど勉強して、窓を開けて夜空を見上げると、星が出ていなかった。
夕食を食べながらテレビを観ていると、天気予報をやっていた。予想通り、明日は一日雨ということで、夜のうちから降り出した。母さんが、六月は蒲団を干せないのが困ると言っていた。
ふかふかの蒲団。あれは快適そのものだ。だけど、六月も寝るときは俺にとっていいことがある。雨の音を聴きながら寝るのが好きなのだ。雑音を消して、聞こえてくる自然の音。あのときばかりは、早く寝たくないと思ってしまう。実際は、そんなときほどよく眠れるのだけれど。
雨音が心地よくて、いつもより長く湯船に浸かった。
寝るときを楽しみに、勉強に励んだ。
ベッドに入ったとき、雨は風呂場で聞いたときよりも強くなっていた。どちらかというとしっとりとした雨の方が好きだが、強い雨も好きだ。雨戸を叩きつける音にドキドキする。こんな日は、アッシュは大変だろうなと思った。きっと、外で飼われている犬は雨が嫌いだろうと、浅くぼやけた頭で考えていた。